大和型戦艦”大和”

戦艦「大和」は昭和16年12月16日に海軍に引き渡されて竣工
太平洋戦争が始まり日本は破竹の進撃を続けたわけだがその間大和は瀬戸内海の柱島基地において
訓練に励んでいた

ミッドウェイ海戦に参加したが「赤城・加賀・蒼龍・飛龍」の4隻の航空母艦を失い大敗北となった
その時も大和は戦場から離れており応援のすべもなく柱島基地に帰投

昭和18年8月 戦場はソロモン海域に移り大和もトラック島に進出 大和はトラック島と日本を何度か
往復したが出撃の機会は訪れなかった
しかし12月に米潜水艦スケートの雷撃を受け魚雷1本が右舷に命中 初めて損傷を被り呉にて
修理と共に高角砲 機銃の増設等の改装工事が行われた

昭和19年6月米機動部隊によるサイパン空襲が行われたことから救援に行き6月19日の
マリアナ沖海戦となる この時初めて大和の主砲は実戦で火を噴いた
その後10月23日のレイテ沖海戦に参加 24日大和はシブヤン海域において米艦載機の攻撃を受ける
翌25日サマール沖で偶然敵護衛空母艦隊に出くわし 敵空母に向かって主砲を発射し損傷を与えた
これが艦船に対する最初で最後の主砲攻撃となった

大和はその後日本に戻ったが 昭和20年4月に米軍が沖縄上陸した事から水上特攻部隊として出撃し
昭和20年4月7日に米艦載機による波状攻撃を受け午後2時23分 九州坊ノ岬沖で2500名の
乗組員と共に海底深く沈没した

主要要目
公試状態排水量 69,100トン(最大 72,809トン)
水線長 263メートル
最大巾 38.9メートル
最高速度 27ノット

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