戦艦「大和」とは
右砲戦に備える・菊紋章
皆さんは「大和」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
奈良県でしょうか? 宇宙戦艦ですか? 他にも色々あるだろうと思います・・・・が
もちろん当ページで扱うのは1941年(昭和16年)12月に竣工した帝国海軍最大・最強の「戦艦大和」です

大和は1937年(昭和12年)11月 呉の海軍工廠で起工 1940年(昭和15年)8月に進水
翌1941年(昭和16年)12月16日に海軍に引き渡されて竣工しました

1942年(昭和17年)2月に連合艦隊の旗艦となり 5月29日ミッドウェーに向け出撃します
しかしながら応援のすべもなく「赤城・加賀・蒼龍・飛龍」の4隻の空母を失い大敗北を喫します

1943年(昭和18年)8月 戦場はソロモン海域に移り大和もトラック島に進出 しかし出撃の機会は訪れませんでした
12月に米潜水艦スケートの雷撃を受け魚雷1本が右舷に命中
呉にて修理と合わせて高角砲 機銃増設等の対空改装工事が行われました

1944年(昭和19年)6月 米機動部隊によるサイパン空襲が行われたことから救援に行き6月19日のマリアナ沖海戦となります
この時初めて大和の誇る46cm主砲は実戦で火を噴いたのでした
その後10月23日のレイテ沖海戦に参加 翌々25日 サマール沖で偶然敵護衛空母艦隊に出くわし戦闘を開始
100発近い砲撃を行い敵空母を撃破します
しかしながらこれが艦船に対する最初で最後の主砲攻撃となりました

その後大和は日本に戻りましたが1945年(昭和20年)4月 米軍が沖縄上陸を開始
「一億総特攻のさきがけ」として最後の出撃命令が下りました

1945年(昭和20年)4月7日 米艦載機による波状攻撃により午後2時23分 九州坊ノ岬沖で数多くの乗組員と共に
竣工からわずか4年という短さで海底深く没して行きました